医学部を受験するために予備校に通っています

私も医師になることを周囲から期待され

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祖父も父も医師という職業についているので、小さい頃から自然と私も医師になることを周囲から期待されるようになりました。
子供ながらに親の顔色を見ていたせいか、物心をつく前から将来の夢は医者になることだと公言していました。
当然のことながら医師になることは簡単ではありませんから、小学生の時にはすでに塾通いをして熱心に勉強をしていました。
中学と高校の一貫校に進学したら、質の高い授業が受けられるだろうということで中学受験も行いました。
私立の中学高校はレベルが高かったので猛勉強しましたが、無事に入学することができました。

私も医師になることを周囲から期待され医学部に合格できませんでした予備校の医学部専門コースに通うことに

医学部に合格するため予備校の寮に入ることにしました

祖父も父も医師として働いているので、小さい頃から自分も医師になるのだろうという漠然としたものがありました。
小学生の時から、母親が付きっきりで勉強を見てくれていましたし、中学生になると塾にも通うようになりました。
おかげで高校は県内でもトップクラスの進学校に合格することができましたが、高校になると中学よりも校風が自由になりました。
さらに高校ではバンドを組んでいる友人と知り合い、自分も勉強より音楽の道で生きていきたいと考えるようになりました。
放課後になると軽音部の部室で暗くなるまで練習をし、家に帰ってからも勉強をすることなく楽器ばかり演奏していました。
親は、一時的なものだろうし、学生時代に遊ぶのも大事だと言ってくれたので、好きに過ごすことができました。
しかし高校3年生になると、同じバンドのメンバーが、大学受験のためにバンドを辞めると言い出したので驚きました。
それに続くように、次々とメンバーが辞めていき、自分ともう一人のメンバーが残ってしまっただけでした。
そのメンバーは、音楽を楽しみながらも成績が優秀で、周囲からは天才と呼ばれていました。
彼に受験をするのかと尋ねると当然だという答えが返ってきたので、自分の音楽の道で食べていくという決心は揺らぐようになりました。
担任教師からも、今から頑張らないと間に合わないぞと言われるようになったので、音楽を捨てることはできないけれど勉強もするようになりました。
元々、勉強は得意だったので、少し努力をするだけで校内模試の順位をかなり上げることはできましたが、それでも医学部に入学するのは無理だと感じました。
両親からは、別に医師にならなくても好きな職業につけばいいが、やはり大学だけは卒業しておいたほうがいいと言われました。
そこで自分の将来について考えたとき、小さい頃から医師になることしか考えていなかったので、その他の職業についている自分を想像することができませんでした。
やはり自分は医師になるべきではないかと考え、父や祖父の仕事について真剣に考えるようになりました。
忙しそうだけれどやりがいがある仕事であり、さらに年収も高いことから裕福な暮らしができると思いました。
それに今は院長となっている父の後継者になりたいと思ったので、受験日まで1年もないのに、医学部を受験して合格することを目標にしました。
学校の勉強だけでは足りないので、予備校に通うことにしましたが、予備校の講師は驚くほど教え方が上手で、さらに成績が上がりました。
全国模試などでは、志望している大学の医学部がB判定になり、合格圏内に入るようになりました。
このまま一生懸命に勉強をしていれば、合格できるという手ごたえを感じて、音楽とも別れて勉強に専念するようになりました。
自信を持って受けたセンター試験ですが、思いのほか点数が伸びませんでした。
二次試験を受けることなしに、受験する資格がないことがわかったので、その時点で浪人が決定しました。
浪人になったとわかったときはショックでしたが、医学部の難しさを身をもって実感した時でもありました。
あと1年だけ、もう一度頑張ってみようと思い、浪人生活は実家にいると甘えてしまいがちだと思ったので、予備校が併設している寮に入居することにしました。
寮は一人部屋ですが簡易キッチンとトイレがついていて、本当に勉強するためだけに作られたような部屋でした。
今まで甘えてきたことを反省すると同時に、寮に入って自分と向き合うことによって、医学部に本当に自分が入りたいのかと向き合うことができました。
予備校と塾はかなり近く徒歩で通える距離なので、浪人生活を後悔しないように勉強を頑張ります。